OUT OF TIME / 過去へ

幸せだったあのときに戻れるよう手を引いて
―古海カナエ（MILBON AWARD大賞受賞者）

大好きなおばあちゃんが、自分との大切な思い出を忘れてしまう。フェリクスにとっては耐え難い喪失感に襲われる出来事だったでしょう。フェリクスのダンスは、やり場のない苛立ちを湛えて激しく、悲しみを訴えるようにゆっくりと、美しい緩急で見る者を魅了します。それでも、おばあちゃんの目に彼は映りません。
例えここでフェリクスの想いがおばあちゃんに通じたとしても、またこの瞬間のことを忘れてしまうかもしれない。悲しいけれど、誰かとずっと一緒にいたいとどんなに願っても、二人の幸せな時間が最後まで続くとは限らないのですよね。
フェリクスたちのような別れは、見守る人々にもいつか訪れるかもしれない。フェリクスがおばあちゃんを繋ぎとめられるようにと皆が祈り涙する様は感動的だけれど、同時に切実さが胸を締め付けます。
遠ざかってしまう人を繋ぎ止めるのは難しい。どんなに強く説得しても相手に響くかは分からないし、必死な自分を見せるのは怖い。それでも自身の感情をダンスでめいっぱい表現したフェリクスは、観る者に希望を与えてくれます。