SALON MODEL

『私の年下王子さま』でプチブレイク 若手モデル・相馬理(そうま・さとる)のこれまでとこれから

SALON MODEL | 2019.02.05

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サロンモデル、通称サロモ。美容師と作品づくりをするパートナーとして必要不可欠な存在だ。多くのサロモたちが所属する『Coupe』には、経歴、職種、十人十色の人生観をもったサロモたちがいる。

今回紹介するのは、相馬理(そうま・さとる)さん、22歳。2018年9月にAbemaTVの恋愛リアリティーショー『私の年下王子さま』シーズン1第8話に登場すると、キュートな笑顔と紳士的なふるまいで人気メンバーとなる。スタジオメンバーの木下優樹菜も「さとるに落とされた。すごい好き」と絶賛。同番組のシーズン2にも、前シーズンのメンバーとして唯一の連続レギュラー出演を果たし、現在プチブレイク中の若手モデルだ。

しかし彼は、ほんの1年前はまだ無名の、というか普通の、どこにでもいる若いサラリーマンのひとりだった。なぜ、どのようにして、普通の若いサラリーマンがサロンモデルとなり「王子」になったのか。わずか1年で人生が激変してしまった相馬理さんの、これまでとこれからに迫った。

木下優樹菜も絶賛。『私の年下王子さま』でプチブレイク

相馬さんが『私の年下王子さま』に出演することになったのは、ちょっとした偶然だった。

「はじめは僕じゃなくて、事務所の社長に年上女性としてのオファーがあったんです。でも社長には出演する気がなかったみたいで、“代わりに年下男性ならいますよ!”って僕の書類を送ってくれたんですね。それでオーディションを受けることになりました」

それ以前にメディアに出たことはなかった。いや、正確には、2018年3月にスマートフォン向けダイエットサポートアプリのキャンペーン動画に出演したことがあった。しかし動画で主にフィーチャーされていたのは彼ではなく、俳優の磯村勇斗。相馬さんはまだ「時々サロモをやっているサラリーマン」だった。

偶然と事務所社長の気転により、チャンスを手に入れることに。オーディションの結果が出た2週間後に、さっそく撮影がはじまった。

「初めての撮影は大変でした。普段それほどたくさん女性と接しているわけではないから、初対面でいきなりキレイな人と話すことに緊張しちゃって。不安や戸惑いもあったし、いつもの自分がなかなか出せなかった……」

本人は謙虚にそう言うが、見ているこちらまではにかんでしまうようなキュートな笑顔とあくまで自然で紳士的なふるまいは、すぐに出演者や視聴者のこころをつかんだ。番組のホスト役をつとめる木下優樹菜も、相馬さんのイケメンぶりに「やばい……ほんと好き」と思わず頭を抱えるほど。

「第8話からの登場ということもあって、最初は特に緊張していました。あの番組には、女性からの支持が得られなければ強制リタイアになってしまうルールがあります。どうしたら生き残れるか、現場でずっと考えていました。ドキドキしっぱなしでしたね」

人気番組に出演した反響は、やはり大きかった。SNSのフォロワーは放送前と比べて10倍以上に増えた。

「それはファンの方に評価されているひとつの証だと思うので、素直に嬉しいです。シーズン1とシーズン2の両方に出演できたのも嬉しかったですね。青山テルマさんには“またこいつかよ~”って言われちゃいましたけど(笑)。いろんな人と知り合えて仲良くなれたことは自分の財産になったと思います。出演して本当に良かった」

では、いちばん大変だったことは何だったか?とたずねると、くしゃっとした笑顔でこう答える。

「膝まくら……いや、混浴かな(笑)。相手はセクシーな方ですし、裸同士で身体と身体が触れ合うわけなので……。それから、普段はサラリーマンなのでスケジュール調整も大変でした。有給も取ったし、休んだぶんは会社の同期に助けてもらって。この半年間はほとんど休みがなかったので、月末が少しきつかったです」

総合商社に勤めるサラリーマンとしての顔も

『私の年下王子さま』で人気を博す一方、ふだんは横浜にある総合商社に勤め、業務用洗剤の営業マンとして働いていた。当初は、地元の静岡に残る予定だったという。

「貯金してクルマを買って、地元で友だちと楽しく過ごせたら良いと思っていました。でも1年目から本社勤務になって、横浜でひとり暮らしをすることに。当時はモデル系の仕事には興味すらありませんでした」

そんな相馬さんがサロモに興味を持ち始めたのは、サラリーマンとして働きだして2年が経った頃。少しずつこころに余裕がうまれ、何かあたらしくはじめたいという気持ちになっていた。

「その頃、友だちがサロンモデルをやっていることを知ったんです。無料で髪を切ってもらえるしパーマもしてもらえるのは素敵だなあと思って。それくらい気軽な気持ちでした。やるならどこかの事務所に入りたいと思ってネットで調べたら、最初に検索で出てきたのが、今の事務所でした」

それが2017年の春。事務所には合格したが、本業の忙しさもあり、それほど頻繁にサロモとして活動していたわけではなかった。しかし、同世代の友人が大学でミスコンに選ばれたことが刺激になり「自分にもなにか他のことができるんじゃないか」と思いはじめた。

すると、サロモとしての撮影がどんどん楽しくなった。少しずつ、何かをつくることの面白さに目覚めていった。

「それまでは何の目標もなかったんです。夢は、25歳くらいで結婚して子どもをつくって普通の家庭を持つこと。仕事で何かを実現したいなんていう気持ちは全然なかった。でも、美容師さんやカメラマンさんとひとつの作品をつくるという経験を重ねて、そういう考えが変わってきました」

初めての美容院にひたすら感動したスポーツ少年

相馬さんの出身地である静岡県清水区には、世界文化遺産の構成資産に登録された三保の松原(みほのまつばら)がある。約3万本の松が生い茂る約7kmの海岸に白波が打ち寄せ、その向こうには富士山がそびえ立つ。平安時代から人々に親しまれてきた国の名勝であり、羽衣伝説の舞台にもなっている。歌川広重が描いた一連の浮世絵作品などで見たことがある人も多いかもしれない。

この景色のほんの目と鼻の先で、相馬さんは生まれ育った。友だちと釣りをしたり、テトラポットで寝そべったり、小さい頃の記憶は当然のように海とともにある。

また、子どもの頃からスポーツが大好きで、家でゲームをするよりも外で遊ぶことが好きな少年だった。中学生になるとサッカー部に入り、高校では友だちとフットサルのチームをつくっていた。物心ついた頃から地元のプロサッカーチーム・清水エスパルスの熱心なサポーターで、中高生の頃は、ホームの試合ならほぼすべての試合を観戦していたという。高校生になると近所の弁当屋でアルバイトをし、バイト代を清水エスパルスの遠征費につぎ込んだ。


典型的な静岡のスポーツ少年だった。髪型も当時はスポーツ刈りで、ほとんどこだわりはなかった。ヘアスタイルを意識するようになったのは高校2年生の頃。友だちの紹介で、初めてサロンに足を踏み入れた。

高校時代の相馬さんを担当していた『Naturale』の中村さんによると、当時の相馬さんは、現在とはまったく印象の異なる少年だったという。

中村「出会った頃は、“顔はめっちゃカッコ良いのになんかもったいない子”という印象でした。今だから言えるけど、髪型がヘルメットみたいでダサかった(笑)。おとなしい子で、笑顔が特徴という記憶もあまりない。だいぶ雰囲気が変わっていて、驚いています」

中村さんと久々の再会を果たした相馬さんは、「当時は緊張していたんだと思う」と笑顔を見せる。

「初めての美容院でひたすら感動していたんです。『Naturale』に来て髪型を気にするようになって、それからサロモを始めて、他人に見られるということを気にするようになりました。きっかけをくれた場所です」

高校卒業まで『Naturale』に通った。この経験が、のちに相馬さんをサロモへと導き、さらには「年下王子」へと変貌させる種になった。

ー何かを得るためには何かを削らなければいけない

総合商社の営業マンとしての顔を持つ相馬さんだったが、実は2018年12月末をもって、4年間勤めた総合商社を退職している。サラリーマンをやめて、今後は芸能一本で勝負するつもりだ。

「こうして仕事をいただきはじめて、もっと頑張りたいという気持ちが強くなってきたんです。何かを得るためには何かを削らなければいけない。もしも本気でシフトチェンジするならば、サラリーマンをやめる必要があると思いました。“あの時もっとやっておけばよかった”とは思いたくない。だったらチャレンジするのはいまだなと思って」

ほんの1年前まで、会社を辞めるなんて考えたこともなかった。「25歳くらいで結婚して子どもをつくって普通の家庭を持つ」という人生設計は、根本から変わってしまった。それくらい『私の年下王子さま』への出演は大きな転機だった。現在は結婚という選択肢は頭になく、優先順位の最上位に仕事がある。

「もちろん不安はあるけど、不安で動かないことが自分にとってはいちばんの失敗。だったら挑戦したい。これからの1~2年は、自分が最終的に何をやりたいかを見極める期間にしたいと思っています。まだ知らない世界も多いし、この1〜2年でいろんなことにチャレンジして、それから具体的な人生設計をしようかなと」

では、具体的に何に挑戦しようとしているのか? いま、相馬さんがもっとも興味を持っているのは「演技」だ。

「やっぱり『私の年下王子さま』に出たことがきっかけですね。あの番組は演技ではないけど、見られることを前提としているという意味で、ある種の演技に近い面があると思う。気持ちをしっかり乗せないと、相手にも視聴者にも伝わらない。それが面白いと感じたんです」

目指す先輩は、今のところいない。中途半端な目標設定は、自分に限界を設けることにつながるからだ。とはいえ、目標がないと迷ってしまうこともある。だからこそ、この1〜2年ではっきりした目標を設定できるかどうかが勝負だと考えている。

「不安はないわけじゃないけど、できるだけマイナスなことは考えないようにしています。“ポジティブに前向きに”が自分のモットーです」

「少し遅いかもしれない、ということが、逆にモチベーションになっている」

大きな決断には大きな勇気がともなう。何が相馬さんに勇気を与え、動かしているのだろうか。2つの要因があるという。ひとつは、同世代・同郷の人たちの頑張りだ。

「たとえば女優の広瀬すずさんは、僕と同じ清水出身なんです。サッカー日本代表に選ばれている北川航也(きたがわ・こうや)選手や清水エスパルスからFC岐阜に期限付き移籍中の宮本航汰(みやもと・こうた)選手も同じ中学だったので、別世界の人ではあるけど、意識はします」

そしてもうひとつ、より重要なのは、応援してくれる人たちの声だという。

「やっぱり応援してくれる人たちがいるから頑張れる。みなさんにひとつでも恩返しができたらなと思います。もっといろんなチャレンジをして、“相馬理にできたんだから自分もやってみよう”と思ってもらえたら嬉しい。自分の言葉や行動が、少しでも誰かが変われるきっかけになれたらいいな」

現在、相馬さんは22歳。彼はこの年齢を、芸能の道へ進む年齢としては遅いと感じている。10代で活躍している人がたくさんいるからだ。

「僕は就職して4年働いたぶん、少し遠回りしているかもしれない。でもそれはむしろ良かったと思っています。就職したことで社会の常識や厳しさを学べたし、それがあるからこそいまの自分がある。もしも大学に行っていたら、自分は遊び呆けてたと思います。少し遅いかもしれない、ということが、逆にモチベーションになっている。やってやる、という気持ちです」

そう話す彼の顔からは、普段のくしゃっとしたキュートな笑顔が消え、まっすぐな瞳が未来を力強く見据えていた。

相馬理(そうまさとる)。1996年10月23日生。COUPE MANAGEMENT専属モデル。サロンモデルからキャリアをスタートさせ、現在タレントとして活動中。AbemaTV「私の年下王子さま」「私の年下王子さま-winter again-」に出演。特技はゴルフ・サッカー。ほぼ毎日行っているインスタグラムライブも人気。

写真:ミネシンゴ
執筆:山田宗太朗

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