SALON MODEL

大切なのは雰囲気ではなく技術と理論。 クリエイター系サロンモデルに聞く作品の考え方

SALON MODEL | 2020.02.03

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サロンモデル、通称サロモ。美容師と作品づくりをするパートナーとして必要不可欠な存在だ。多くのサロモたちが所属する『Coupe』には、経歴、職種、十人十色の人生観を持ったサロモたちがいる。

今回紹介するのは、都内のゲーム会社でアートディレクターをしているアンナさん。スマホゲーム制作、特にキャラクターデザインのディレクションが主な業務で、彼女が関わった作品のなかには、ゲーム好きなら多くの人が知っている有名タイトルも含まれる。

趣味はお酒とサウナと麻雀。「頑張った後はお酒飲んでいいんです」と、仕事後は行きつけのバーでビールを一杯。この日の取材も、六本木のビアパブでクラフトビールを片手に行われた。

「ミルボンさんの記事って、すごくかわいいキラキラしたサロンモデルに取材していますよね。私みたいなオタクはまだ登場してない。いいんですか? 社畜ですよ? 会社の畜生ですよ!?」

この発言だけで、親しみやすい彼女のキャラクターがある程度おわかりいただけるだろう。撮影時の美しさやカッコ良さと普段の会話との間には大きなギャップがあり、それがアンナさんの魅力のひとつになっている。

確かに、これまでのレポートには登場しなかったタイプのサロンモデルかもしれない。では、アンナさんはどんな経緯でサロモになり、なぜサロモを続けているのだろうか。

お絵描きが好きだった少女時代、才能に直面した美大時代

アンナさんは青森県弘前市出身。小さい頃から絵を描くことが好きだった。

「いつ好きになったか思い出せないくらい、物心ついた頃にはすでにお絵描きが好きな子でした。きっと大人の誰かが褒めてくれて、それが嬉しかったんだと思います」

高校に入学する頃には美大進学を決め、予備校へ通うために卒業前に上京。だが、美大の壁は高かった。現役では志望校に合格できず「人並みに挫折した」という。

それでも2年の浪人期間を経て、東京藝術大学に進学。国内トップの藝大に入学できる時点でアンナさんをエリート扱いしてしまいたくなるが、本当に才能溢れる人たちに囲まれた大学生活を通して、アンナさんは、自分の才能が彼らの足元にも及ばないことを悟ったという。

「だから、うまい絵を描ける人に対して今でも憧れがあります」

アーティストの道へは進まなかった。ただし、アンナさんには別の力があった。

「私は誰にでも描ける絵を描いているだけです。でも、その場で必要とされている絵を描く力はある」と続ける。「オーダーに合わせ、納期や予算感をクリアし、相手が必要としている絵を描くことができる。絵が下手なのに絵を描くことを生業にできているのは、そのおかげだと思います」

自分の絵を描きたい気持ちより、相手が何を必要としているかを把握し、柔軟に応じることができる。それもひとつの才能なのだろう。「才能」という言葉に違和感があるならば「スキル」と言い換えてもいい。アンナさんには、絵を仕事にするためのスキルがあった。もしくは、そのスキルを得るための想像力や視点があった。相手の立場を想像できなければ、何を求められているのか把握することはできない。他者の視点があるということが、現在のアンナさんを支えているのだろう。

そしてこのことは、アンナさんのサロンモデルとしての活動にも密接に関わってくる。

おしゃれやヘアメイクは、確たる技術と理論にもとづいてつくられている

アンナさんがサロンモデルになった経緯は、他の多くのサロモとはまったく違う。

彼女が美大生だった2010年代前半、世間では「美人時計」などが流行し、一般人がモデルになることが珍しくなくなりつつあった。「被写体」という言葉がSNSを中心に使われ始めたのもこの頃。当時、アンナさんはピアスやネックレスなど、アクセサリーの制作に励んでいた。

「制作したあとは、作品の写真を撮ってポートフォリオに載せるんです。だからアクセサリーをつけて美しく見える人を探していました。カメラマンは見つかったけれど、モデルが見つからなくて。やむを得ず、自分をモデルにすることにしました」

自分をモデルにしたことはなかった。スタジオに入ったこともなければ、照明を組んで自分を撮影したこともない。何もかも初めてで、手探りで撮影を行った。当時の写真がこちら。
(↓アンナさんが制作したピアスとネックレス。モデルはアンナさん)

これが最初のモデル体験である。あくまでも制作者として、自分の身体を自分の作品の素材にした、という感覚だろうか。この点が多くのサロンモデルとはっきり異なる。

初めてにしてはうまく撮れたんじゃないんだろうか。アンナさんはそう思った。だが、嬉しい気持ちと同時に、物足りなさも感じていた。

「雑誌に載せると考えたら、これはアクセサリー写真としてカッコ良いと言えるんだろうか? スタイリングやメイクや衣装はふさわしかったか? 全然足りていない、と感じました。私のイメージの練り込みが甘かった」

美大を卒業し、就職しても、頭の片隅にはこの物足りなさが残っていた。

ある時、先輩がアートディレクターをつとめていた大手ブランドの街角スナップに偶然アサインされ、初めてヘアメイクを施した撮影を経験することになった。

「めちゃくちゃきれいな写真に仕上がったんです。やっぱりすごいな、と思いました。ちゃんとアートディレクターとヘアメイクが入ったものづくりは全然違う。改めて、学生時代の自分はアマチュアだったと感じました」

その撮影がきっかけで、業界誌の撮影に呼ばれるようになった。すると、今まで見えなかったものが見えるようになってきた。おしゃれやヘアメイクはセンスだけでつくられていると思っていたが、そうではない。確固たる技術と理論にもとづいて髪型はつくられている。自身が美大時代に学んでいたデッサンの考え方ときわめて近いものに感じられた。

そうして撮影を続けるうち、知り合った美容師と一緒に作品をつくることに。当時のアンナさんは腰まで髪を伸ばしていたため、その長い髪を少しずつ切り、レングスやメイク、衣装を変え、複数のパターンで撮影をすることになった。

「それが面白かったんです。これを機に、まだまだ自分は撮られることが下手だと自覚できたし、自分が知らない技術や考え方を知ることもできました。もっと勉強したい気持ちが強くなって、作品をInstagramに投稿したり、サロモの事務所に応募してみたりしました」

その応募先のひとつがcoupeだった。2016年2月頃の話だ。

雰囲気だけのサロモや美容師への需要は減っていく

あくまでも自身の創作上の必然性と好奇心からサロモになったので、サロモ自体をそれほど長く続けるつもりはなかったという。

だが、撮影すればするほど新しい発見があった。作品には、カメラマンや美容師の心情、サロンの方向性など、さまざまな要因が反映される。同じ相手との仕事でも、その時の条件によってクオリティが大きく異なる。経験値が積み重なることによって視点が変わり、サロモとしての仕事が楽しくなった。月1~2件だった撮影件数は徐々に増え、多い時には週に3~4件ほど撮影するようになった。

ただ、あくまでも本職はゲーム会社のアートディレクター。本職がおろそかにならないようにスケジュールを調整していて、ここ最近はサロモ案件を少なめにしている。「今年は本業が“本業”してるんで……」と独特な言葉づかいで現在の充実を表現する。

モデルになりたくてなったわけではない。つくり手としての視点が第一にあるので、アンナさんの視点は、どちらかといえば美容師やカメラマンの視点に近いのだろう。アクセサリーづくりやデザインがメインだった彼女にとって、ヘアメイクは、自身の創作に付随して現れた領域だったわけだ。しかしその領域には無視できないほどの奥深さがあり、魅せられた。

だから、モデルとして今後どうなりたいといった願望はない。「サロモは人生の一部であって主軸ではない」と言い切る。アンナさんの興味はあくまでも技術や知識にある。

また、現在のサロモと美容師の関係についても、俯瞰的で冷静な視点を持っている。サロンモデルがこれだけ普及したのはInstagramが流行したからではないか。アンナさんはそんなふうに考えている。

Instagramでは、簡単な操作で「それっぽい雰囲気」をつくることができる。雰囲気しかない作品でバズった人もたくさんいただろう。しかしそうした傾向がここ数年、少し落ち着いてきた。

「最近、インスタはいいね!の数が見えなくなりましたよね。SNSの数字がそれほどあてにならないということがわかってきた。サロモという言葉のキラキラした響きにも、みんな飽きているんじゃないか。これからは、雰囲気だけのサロモや美容師に対する需要は減ると思います。その代わり、しっかりとした技術を持ち、髪を理解している人が評価されるようになるんじゃないか」

他人に振り回されない生き方

とはいえ、やはり撮影は楽しいので、需要がある限りはサロモを続けたいと今は思っている。本業ではない美容業界の人と知り合えることも刺激になっているという。

「会社にいると、同じ業界の人としか知り合えないんです。本当にゲームオタクとしか話さない毎日なので、考え方が狭まっちゃうんですよね」

アンナさんは「オタク」という言葉を使いたがる。その背景には、自身がひと昔前の世代のオタクであるという意識と、子供時代の辛い経験があるようだ。

「私の世代には、絵を描く=オタク=悪、みたいな雰囲気があったんです。特に地元が田舎だったからなおさらです。それが『涼宮ハルヒの憂鬱』をはじめ、『らき☆すた』『けいおん!』などのおかげでようやく市民権を得るようになった」

確かに「オタク」という言葉が持つイメージはこの10年ほどで大きく変わった。かつては侮蔑的なニュアンスが込められていただろう。だから、サロンモデルになった現在のアンナさんを見て驚き、まるで友達だったかのような顔をして連絡して来る昔の知り合いもいるという。もちろんこの「自称・知り合い」たちは、オタクをバカにしていたタイプの人間である。

「でも、そんな人たちに蔑まれようが認められようが、私の人生は1ミリも変わらないから」

そう言いきるアンナさんの言葉には説得力があった。なぜならアンナさんには、これまでの人生を他人に振り回されずに築いてきた実績があるからだ。10代の学生が言うのと彼女が言うのとでは、重みが全然違う。

今後は、何を目指すのだろうか。そう聞くと、迷わずこう即答してくれた。

「素敵なおばさんになって、素敵なおばあちゃんになります」

現在を積み重ねた先に未来があるのだとするならば、いま素敵な人は、きっと数年後も、数十年後も素敵なんじゃないだろうか。

アンナさんを見ていると、自然とそう思えてくる。

写真:ミネシンゴ
執筆:山田宗太朗

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