ESSAY

美容師失格

ESSAY | 2017.11.07

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第一の手記

恥の多い人生を送って来ました。自分には、美容師というものが見当つかないのです。毎回お客様が来る度に、髪を切って参りましたが、思い返すと、ただ言われるがままに切っているだけで、そこには自分の意志というものがまったく欠如していて、何も響いてこなかったのです。それは、飯を食わなければ死ぬと言われたから、ご飯を食べているのと同じで、切れと言われているから切っているだけ、つまり、わからないのです。

そこで思いついたのが、道化でした。お客様に対する最後の求愛。自分は、髪を切っている合間に、鏡に向かって変顔をするようになりました。それはまるで「皺くちゃ坊っちゃん」とも言うべきもので、お客様は必ず笑ってくれました。これが、自分にできる、美容師として美容業界に踏みとどまる最大のサーヴィスでした。

また、お客様のなかには、毎回、自分を指名して、おみやげを持ってきてくださる人もいます。何がほしいのか、と聞かれると自分は毎回困ってしまいます。なぜなら、欲しいものがないからです。返事に窮していると、お客様のほうが痺れをきらせて、あなたに合う帽子はどうかしら、と自分に聞きました。自分はまたも答えに窮してしまいました。なぜなら欲しくないからです。そうこうするうちに、自分が好きな本を買ってくるということに落ち着きました。施術の際に、小説の話ばかりするからです。お客様を怒らせてしまったと自分は焦りました。自分はとっさにお客様が目を離したスキに、お客様にカバンのなかに、アニエス・ベーのベレー帽と書いた紙切れを入れました。この道化が見事な成功をもたらしたのです。お客様は、本ではなく、自分に帽子を買い与えたかったのです。

でも、幸せは長くは続きませんでした。お客様が自分に帽子を渡したあと、後輩美容師とすれ違いざまに、その後輩美容師が「ワザと、ワザと」と言ったのです。

神田桂一 ライター/編集者

『POPEYE』『ケトル』『スペクテイター』『クイックジャパン』などカルチャー誌を中心に活動中。趣味は旅行。好きな地域は、中東と台湾。

さのゆりこ おじさんウォッチャー/イラストレーター

1988年生まれ。おじさんをメインに、人物モチーフのイラストを制作しています。オーダー似顔絵、挿絵、展示など。インスタグラムでは有名人の似顔絵を中心に公開中。

CREDITS
文:神田桂一
イラスト:さのゆりこ
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