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美容師にとことん寄り添い、成長してきたミルボン。現場から生まれる草創期の物語|insight into Milbon

ROOTS | 2019.02.13

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ミルボン――大々的な広告を打たないため、もしかしたら一般的な知名度は高くないかもしれない。しかし、美容師はじめとする美容の専門家からは圧倒的な信頼を寄せられ、また美容に関心の高い女性にもファンの多いヘア化粧品メーカーだ。

このミルボンという会社をじっくり見ると、驚くべき実績やデータが出てくる。
美容業界の中でも後発メーカー、しかもサロン専売品のみを展開し続け、業界初の東証一部上場を達成した。そしてなんと創業以来、ほぼ毎年増収を続けているという。

大阪で生まれた小さな会社は、どのようにして知る人ぞ知る「優良企業」になったのか? 
ミルボン創業間もないころに入社し、研究と営業の両軸でミルボンを支え続けた金山勝美氏に話を聞いた。

●ゴリゴリの営業から、日本初の「提案型営業」に

——ミルボンは、後の社長である鴻池一郎氏が立ち上げた代理店業の「ミルビー商会」、そして製造業の「ユタカ美容化学」、卸業の「エムビー商事」の3社が合併して1965年、大阪を拠点に設立されました。どのような経緯だったのでしょう?

僕の入社前の話になるんだけど、合併前は3社ともよく儲かっていたらしい。仕事終わりは毎日ボウリング三昧で、ときには飲みにも行って、それを社長が全部おごってくれたって(笑)。まあ、高度経済成長期のまっただ中ですからね。

でも、ミルビー商会の社長である鴻池一郎氏……一郎さんでいいかな。一郎さんはもともと「日本一」という夢を持っていたんです。好景気に浮かれていちゃいけない、自分たちはもっと大きなものを目指すんだって奮起した。

その決意のもとメーカーへの転身を決め、もともと付き合いのあった2社に合併を持ちかけたんです。そして当時の日本最後発——241番目の化粧品メーカー、「ミルボン」が誕生しました。

僕が入社したのは「ミルボン」誕生の翌年だったから、本当に安月給。でも、いつか公務員の給料を超えるぞって夢を持って働いた(笑)。「土俵は会社がつくる。だから相撲は自由に取れ」という社員の自主性に任せる社風は、当時もいまもまったく変わりませんね。

外部から迎えた方、その次に一郎さんのお兄さんが社長を務めたけれど、ミルボンがより現在の「ミルボンらしく」なったのは一郎さんが四代目の社長になってから。彼は変わらず「日本で一番の会社になる」と考えていました。吹けば飛ぶような企業規模のころから、ずっとね。

——その夢は、1999年の国内売上ナンバーワン、2001年の業界初の東証一部上場というかたちで達成されています。現在のミルボンの骨格をつくったのは鴻池一郎氏なのですね。

そう。だから私たちは一郎さんを「実質創業者」と言っています。彼は新しいもの好きで企画力がすごかった。新商品に合わせたプロモーションでCMソングをつくってTVコマーシャルを流したり、ソノシート(レコード盤の一種)を配ったり、布施明とピーターのコンサートを開いたり……。まあ、これはお金を使いすぎたんだけども(笑)。

なにより一郎さんは、現在に続くミルボンの核となる仕組みを2つ創り上げました。

まず、「フィールドパーソン(FP)」という営業システム。じつは、以前は「割れた茶碗を売ってこい」と言われるようなゴリゴリの営業スタイルだったんです。ミルボンの商品を買ってくれたら鍋もつけますよ、ハワイに行けますよってキャンペーンを打ちまくって。

まあ、そんな泥臭い「ザ・営業」をしていたし、実際にその営業力が会社を支えていた。それ以外に、後発の弱小メーカーが戦う方法はなかったからね。

——そのやり方を鴻池氏がガラリと変えた、と。なにかきっかけがあったのでしょうか。

当時は一郎さん自身、年間300軒ものサロンを回っていました。その中である美容師さんから「邪魔をしに来たんですか!」ってピシャリと叱られた。「あなたの会社の営業も、忙しいときに来ては商品説明して帰っていく。商品は使うし、買います。だからもっと役に立つ話を持ってきなさい」って。

それを聞いて、1984年に彼が考案したのが、「フィールドマンシステム」です(*現在では「フィールドパーソン(FP)システム」)。方針は「モノを売るな、コンセプトを売れ」。商品ではなく、製品誕生の背景や美容師さんに役立つ情報を売ろう、ということですね。

——ただ、そうした営業には、技術に関する知識も必要です。

だからFPは、約1年という長い期間を研修に充てます。そこでシャンプーやワインディング(パーマを巻く技術)、カラーといった技術の体得から、サロン経営の全てを学びます。

——約1年間、研修のみということですか? それは現在も?

今は配属のタイミングや内容のブラッシュアップも進んで、9ヵ月になってます。もちろんその間も、給料やボーナスはちゃんと出ますよ(笑)。

研修で学んだ知識と技術を総動員して、「Aという悩みを持つお客さんにはこんな技術が使えます」と美容師さんに寄り添って提案する。その上で、「この技術を実現するにはこちらの商品がぴったりです」と技術指導して勧めるわけです。当時はそれを「繁栄パック」と呼んでいました。サロンが繁栄するための、情報と商品のパック。

でも、FPが「パック」するのは技術だけじゃない。サロンの経営全般をサポートするため、技術からマーケティング、新人教育まですべてを「パック」します。美容師さんの夢や悩みを聴き、課題を見つけ、解決策を提案し、一緒に解決する『個店対応課題解決提案型営業』が現在もミルボンを支える「FPシステム」なんですよ。

ただ……これは当時、他業界含めてあまり前例のない営業手法で。正直ね、僕たち管理職もなかなか腹の底から理解できなかった(笑)。

——いまでこそ「提案型営業」という言葉は一般的ですが、ミルボンはそのはしりなのですね。しかし、従来の「ゴリゴリの営業マン」はそのやり方に抵抗を感じそうですが……。

うん、おっしゃるとおりです。まず、FPシステムを始めるにあたって、大卒の新人を1期生として17人も採用したの。1年間は研修ですから、思い切った投資でしょう?

そして、彼らと一緒に従来の営業マンも一緒に教育したけれど……ほとんど辞めちゃった。残ったのは数人だったかな。

僕はそのとき東京で営業部長をしていたんだけど、研修を終えた社員を営業に行かせてもなにも売ってこないんですよ。「話を聞いてもらえました!」と意気揚々と帰ってくるけれど、売上ゼロ。「どういうことだ!」「モノを売ったらいけないと教えられました!」って、毎日ケンカばっかり(笑)。

営業力で支えていた会社だったのに、主力の選手は抜けてしまった。新卒の社員はどんどん入ってくるけれど、話ばかりして商品を売ってこない。……当然、売上は伸び悩むよね。

それで3年目、ついに役員会で管理部担当が「失敗です」と声を挙げます。元の営業スタイルに戻すべきだって。

鴻池社長はそれをじっと聞いていてね。大阪・東京の両支店長も下を向いて黙りこくって。でも、やめようって雰囲気になった最後の最後で社長が口を開いたんです。

「私は、全国の良いサロンから聞いています。美容師さんは、ミルボンの営業を高く評価してくれている。よそとは違うと言ってくれる。お客さんである美容師さんが喜んでくれているから、必ず成果につながる。もしダメだったら私が責任を取るから、どうかあと1年だけやらせてくれ」

それでも「会社が潰れてしまう」と反対する声はあったけれど、最終的にはあと1年を条件にFPシステムを続行することになりました。そうしたら……ついに、ぐっと数字が伸び始めた。美容師さんが、ミルボンの商品を使ってくれるようになったんです。おそらく、「いつもおもしろくて役に立つ話を持ってきてくれるし、商品も使ってみるか」と思ってくれたんでしょう。

——信頼を積み重ねた3年間だったわけですね。

まあ、いま振り返ればそう言えるけど、当時は「売上が立たない」という事実しかなかったから。ただ、一郎さんが現場を見ない社長室にこもっている穴熊社長だったら、すぐにもとの営業スタイルに戻していたでしょうね。現場の生の声を聞いていたからこそ、「続ける」と意思決定できたわけで。

——それにしても、勇気ある決断です。ある種、賭けとも言える。

いや、自信があったんでしょう。あの人は博打なんて打ちません。大胆だけど、負け戦はしない。

というのも、一郎さんは若いころに知り合いの悲惨な倒産劇を目の当たりにした経験もあって、「つぶれない会社をつくる。世の中で役に立っている会社は、世の中がつぶさない」という決意を掲げていたんですね。このシンプルな想いが一郎さんの経営の原点ですから。

ともかく、あの辛抱の1年間がなかったらいまのミルボンはありませんよ。業界売上ナンバーワンになることも上場もなかった。あと、社風も違ったかな。

——社風、ですか?

ミルボンは、社員のチームワークが抜群にいいんです。離職率も驚くほど低い。これはFP研修のおかげもあって、研修では朝から晩まで一緒だから自然と絆が強くなるみたい。変なライバル心もなくて、いい情報は仲間にどんどん流す。結果的に、美容師さんのお役に立てる。そんな組織ですね。

●美容業界の「オリンピック選手」と商品開発

——鴻池氏がつくり上げた、もうひとつの「ミルボンの核となるシステム」とは?

1987年にスタートした商品開発の「TAC製品開発システム」です。

一郎さんは経営者として勉強熱心で、あらゆる講座や講演に参加していました。それで、どうすれば連続してヒット商品を出せるか、安定して売上を立てられるか考えているとき、アシックス社長の鬼塚喜八郎氏の講演に行った。アシックスは当時、オリンピック選手とタッグを組んで商品をつくる手法で大成功していたんです。

講演を聴いて、一郎さんはそのやり方を美容業界に応用しようと考えた。美容業界の「オリンピック選手」を満足させる商品をつくったら、ほかの美容師さんも喜んでくれるんじゃないかって。

じゃあ、美容業界のオリンピック選手はだれか? 人気があって、(業界を)繁栄させている美容師さんですよね。彼らにその人気の秘訣であるヘアデザインや美容技術を教えてもらい、それを再現するための商品を共同開発して、全国の美容師さんにも使ってもらう。技術が主役で、商品はそれを輝かせるもの——これが「TAC製品開発システム」の精神です。

僕たちは、美容師さんの感性と我々開発者の科学との融合がテーマですから、99点の商品は0点だと考えています。商品の評価はイエスかノー。つまりいいか悪いかだから、その美容師さんが100点と言うまでやりとりし続ける。僕はいつも、一緒に商品開発する美容師さんに「妥協だけは絶対にしないでくれ」と言っていました。「中途半端なモノを作ってはあなたの名前も汚れるから」って。

この「TAC製品開発システム」が回り始めてからヒット商品の打率が上がったのはもちろん、商品開発における失敗も激減した。まさに、一郎さんが目論んでいたとおりになったわけです。

TAC製品第1号のライブノーブル

●ミルボンは、美容師さんの味方

ちょっと自慢みたいなんだけどもね。ミルボンは合併して「ミルボン」になって以来、前年の売上を割ったことが一度もないんですよ。

——それはすごいですね……!

どんな時代でも——バブル崩壊の前も後も、5%〜10%、コツコツ伸びています。「前年比101パーセント」が過去最低の数字だったかな(笑)。それはパブリックに商品展開せずサロン専売で「絞る経営」をしているからでもあるし、やっぱり目先の利益を追いかけずに美容師さんのお役に立つために仕事しているからだと思う。

よく美容師さんに言われるのは、「ミルボンはサロンの味方だね」。それは間違いないと胸を張れます。美容の主役は、美容師さんとそのお客さん。主役が輝き、サロンが繁盛するために我々がいる。全社員がそう思っているし、それを実現するための経営システムなんだよね。

「美容師さんのお役に立つ。その結果、美容市場の発展に貢献する」。これね、じつは一郎さんがはじめのミルビー商会を立ち上げるときに決意したことなんです。そのスタンスこそがミルボンで、それはこれからもずっと変わらないでしょうね。

取材・執筆:田中裕子
写真:ミネシンゴ

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